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純粋にあなたを嫌う人は一人もいない

どもる恐怖の大きな原因は、

どもることで、「相手に嫌われる」と思うからなのです。

 

この思考を変えるための真実の一つは、前にも言った「相手は、あなたのことをそれほど見ていないということ」。

そして、もう一つ大事な真実があります。

 

それは、「純粋にあなたを嫌う人は〝一人〟もいない」ということ。

 

人は、総じて自分の〝ためになる〟ことしかやらないのです。

誰一人として悪を欲する人はいません。

(ここでいう悪とは一般的な善悪の意味ではなく、〝ためにならない〟ことを指します。)

 

仮にあなたを嫌う人がいるのならば、

それは、相手があなたに対して劣等感を感じているか、

もしくは、あなたを競争関係である〝敵〟だと見なしているか。

 

いずれにしても、あなたの評価を利己的に下げて扱うことで、相対的に、自分の価値を高めたいだけの欲求なのです。

こういった人たちも突き詰めると「自分のこと」しか見ていません。

 

そう、本当の意味で、あなたを嫌える人は誰もいないのです。

 

 

いや、ここまで言っておいてなんですが、実は、唯一一人だけいます。

心の底からあなたを嫌える人が。

 

それは、他でもない〝あなた自身〟です。

 

恐怖に盲目にならず、「ありのままの現実」を見つめましょう。

あなたを嫌えるのは〝あなた〟しかいない。

自分のことが嫌いなのだとすれば、誰のせいでもなく、あなた自身の「自分に対する捉え方」が原因なのです。

 

吃音を、他人のせいにせず、全ては自分自身の問題であるということ。

「自分が自分であること」に責任を持ち、現実を受け入れて前に進みましょう。

 

自分自身の全てに責任が持てるようになること。

 

それは、血の一滴も通わない辛く苦しい道ではなく、

むしろ、「他者」という〝余計な荷物〟を置いて、「自分」に集中することができる、とても身軽でシンプルな道なのである。

 

〝変わる〟ことを受け入れられるか

吃音者が、吃音症を克服出来ないのは、

実は、その人自身が、「吃音」を必要としているからなのです。

 

前にも話しましたが、吃音が私を「特別かわいそうな人間」としてくれるのです。

吃音があるせいで、できないのではなく、

吃音が「できない理由」になっているのです。

 

吃音症があるおかげで、挑戦しない理由にでき、

また、仮に挑戦して失敗したとしても、

「私は、不幸な人間だから仕方ない」と。

本当は、〝自分のせい〟ではなく、自分が患っている「吃音症」のせいなんだと。

「失敗した責任を「本当の自分」が負わなくてもいいんだ」と自他共に思うことができます。

 

つまり、あなたは、不満や苦悩はありながらも、今の現状に一応〝納得〟してしまっている可能性が高いのです。

納得してしまっている状態で、吃音を克服するのは困難でしょう。

 

本当に〝変わる〟ためには変わる〝勇気〟が必要です。

なぜなら、〝変わる〟とは「今の自分とは変化した〝未知〟の自分」になることなのですから。

痛烈な表現をするのであれば、

変わることは〝死〟を意味します。

 

どうなるか分からない変化を〝勇気〟を持ってまで前に踏み出したいと思うか。

このまま、今の「かわいそうな私」を無難に生き続けるのか。

 

あなたは、ほとんどの場面で後者を選び続けてきたはずです。

しかし、どうか忘れないで下さい。

 

いつからでもあなたは〝変わる〟ことができるということを。

 

あなたが、前者を選ぶ覚悟をし、毎日を「前に進みながら生きる決意」をしたその〝瞬間〟が、吃音克服の大きな「第一歩」なのです。

 

吃音症はプラスになりえる

あなたが自分自身のことで「マイナス」だと思っていることは、思考を転換すると「プラス」になりえるのです。

これは、理屈上でもなく真実です。

 

私の中で起こった「マイナス」が「プラス」に変わった例を、一つお話します。

私は、幼い頃から大学生まで重度の「アトピー性皮膚炎」を患っていました。

身体中のあらゆるところが痒く、肌は、夏は赤く腫れ、冬はガサガサに乾燥するのです。

それでも、身体は服で隠せますが、顔だけは隠せず、人に見られないようにいつも下を向いていました。

吃音症と相乗して〝孤独〟を加速させた一因でした。

 

これまでの私にとって、「アトピー性皮膚炎」はどう考えてもマイナスでした。

それも特大のマイナスです。

もう一生、人前で堂々と顔を上げれないと本気で思っていました。

 

しかし、大学生の時に転機が訪れ、アトピーが完治したばかりでなく、

ツルツルの肌と、真の「健康事情」を手に入れました。

(気になる方がいましたら、拙著の「薬を使わずにアトピーを完治させる奇跡の方法」をご覧ください。)

 

私は、今後年老いても、大きな病気はしないと確信しています。

アトピーを患っていた〝おかげ〟で、「健康志向の生活」を送るきっかけをもらったのです。

私は、今ではアトピーに感謝しているくらいです。

 

少々長くなってしまい申し訳ありませんが、これが私の身に起こった「プラス」への大転換です。

と言っても、過去形で話されてもあまり説得力がないかもしれません。

あなたは、今苦しんでいる”最中”なのですから。

 

しかし、あなたの吃音症も、真摯に「吃音」と向き合い続けることで、いつか必ず「マイナス」から「プラス」へと大転換することを断言します。

吃音症を克服、

つまり吃音症が「プラス」に大転換すると、どうなるのか。一緒に考えて見ましょう。

 

吃音を克服するためのプロセスとして、「自分理解」、「他者理解」、「今を生きる」大きく分けるとこの3つです。

これを身につけるとどうなるか。

 

まず、これから起こる様々なトラブルに動じなくなります。

トラブルのほとんどの原因は対人関係。

自分と他人をありのままに見つめることが出来ると、対処もスムーズになるでしょう。

 

そして、「幸福に生きるための生き方」を悟れるようになります。

対人関係が上手くいけば生き方も楽になり、さらに生きるのが楽しくなるでしょう。

 

後は、あなたにとって直接的なプラスではありませんが、

同じように吃音症で苦しんでいる人の手助けができるということです。

悩める人により深く支援できるのは、同じように悩んできた人だけです。

 

あなたは、将来他の吃音者の手助けをする仕事をしているかもしれません。

あなたの存在はそれだけ大きいのです。

 

吃音克服の大きなプラスを話してきましたが、これから克服していくあなたにとって重要なことを言っておきます。

 

それは、始めから「プラス」を意識し過ぎないことです。

 

ここまで「プラス」を語っておいてなんなのですが、

克服後の「プラス」を考えすぎると、逆に今現在との〝ギャップ〟に苦しむことになりかねません。

 

私のアトピー完治は、始めから「完治させてやる…!」と思って取り組んだわけではありません。

むしろ「完治」という概念がなかったです。そんな夢みたいなこと期待することは、私には出来ませんでした。

少しでも肌調子が良くなればと、毎日コツコツと積み重ねた結果、いつの間にか完治していたのです。

 

けれども、「吃音症は、いつか「プラス」になりえる」という〝真実〟だけは、心の片隅に置いておいてください。

 

 

アトピー完治と、吃音克服はジャンルは全く違えど、「大転換への道のり」は非常に似ていると感じています。

その道のりとは、

「プラスになりえる」という〝真実だけ〟を認識し、希望を膨らませ過ぎない。

②プラスに近づく為に〝今〟できることだけを考えて行動していく。

「今日は、昨日よりも1歩近づく」という気持ちで。

 

大転換への移行のために邪魔なものが「未来を期待すること」です。

未来を期待しないでどうするのかと思われるかもしれませんが、

未来を見ると、「今」進めなくなります。

先ほども言ったように今現在との〝ギャップ〟がありすぎるからです。

 

標高の高い登山を想像してみて下さい。

 

登る前、登り始めから頂上を見ていては、とても登る気にはなれないでしょう。

頂上にたどり着くためには、「今目の前にある山道を一歩一歩進んでいく」よりありません。

それを千歩、万歩と歩み続けていると、いつの間にか頂上が目前に迫っているのです。ここまで来れば、頂上につくのも時間の問題でしょう。

(実際は「吃音克服」が頂上ではないのですが、分かりやすく例えるためにそうしました)

 

 

いつの間にか…

気づいたら…

 

吃音を克服していた。

 

これが「吃音克服の道」なのです。

「マイナス」は「プラス」になるという〝思考の大転換〟を理解したら、

今度は、あなたの〝現実の大転換〟をさせるために、目の前を一歩ずつ歩み出しましょう。

 

どもりの恐怖に打ちひしがれたら(直前編)

数日後、明日、もうすぐ話さなくてはいけない機会がある時。

逃げられない状況に、打ちひしがれることも多々あると思います。

今回は、その時にどうすればよいのか。

「直前編」として話していきたいと思います。

 

まず、伝えておかなければいけないのは、「いくら悩んだところで何も現実は変わらない」ということです。

悩んだところで、どもりが解消される方法が見つかるわけでもありませんし、逃れる方法が見つかるわけでもありません。

あなたが出来ることは、「いかに前向きに「話す準備」をすることができるか。」

 

いいえ、「話す準備」という言い方は違いますね。

(もちろん、スピーチであるならば、暗記して話せる準備は当然必要なのですが)

「話す前にどもらない準備をする」という考え方をしている時点で、吃音の呪縛から逃れることは不可能です。

前にも言ったように、吃音を意識している行動は、吃音を強化してしまうだけなので、むしろどもりが悪化してしまうでしょう。

 

改めて、訂正して言いますと、

あなたが出来ることは、いかに建設的に「自分」と「聞く相手」を捉えることができるか。

そして、ありのままを見つめることが出来るか

これしかありません。

どもりは、コントロールできませんが、どもりによる〝恐怖〟はコントロール可能なのです。

 

①自分を前向きに捉える

・起こり得る最悪の展開 → ひどくどもってしまい、場がしらける。または、相手に怒られる、もしくは笑われる。

・その最悪な展開を避ける方法はあるか?

→それは、避けられるかもしれないし、避けられないかもしれない。現象であるから、コントロールは出来ない。

しかし、その自分が想像している「最悪の展開」は〝本当に〟「最悪の展開」なのか?

自分が過剰に恐れすぎているだけではないか?

だとするならば、冷静に客観的になって「最悪」なのか考え直す必要はないか?

 

・自分が本番に出来ること → 相手に「伝えたい内容」を話すこと だけ

・今の自分にできること → 話すことを考えすぎないこと。悩まないこと。「どもらない練習」ではなく、それ抜きにして、今を生きること。

 

まず、起こり得る最悪の展開を想定して、それを回避するために自分の今出来ることをこなしていく。というのが、一般的な悩みを断ち切る方法なのですが、吃音の場合は特殊です。

 

最悪の展開が〝本当に〟「最悪の展開」かをまず見つめることです。

一般的な最悪の展開を挙げると、

・死

・破産

。社会的地位の喪失

などです。少なくとも数か月は立ち直れないものばかりです。

 

対して、「人前で激しくどもること」はどうでしょう。

あなた自身は傷つくでしょうが、事態は一瞬で収まります。

あなたが話終えて数時間も経てば、ほとんどの人が、あなたがどもったことさえ忘れ去られるでしょう。

数日経てば、全員忘れてしまい、あなたのどもった過去は完全に忘れ去られます。

 

あなたが、どもることを前向きに考えるだけで、この問題は問題ではなくなってしまうのです。

 

実際に「どもりを前向きに考える」ことは、吃音者にとって容易ではありませんが、決して「最悪」ではないことだけは、心の隅に置いておいて下さい。

 

後は、どもることが「最悪」でも、「最悪でない」としても、あなたが本番できることと、今出来ることを明確にしておくだけです。

 

②聞く相手を前向きに捉える

①でも話した部分がありますが、

聞き手のことを改めてよく考えてみましょう。

 

相手にできることは、ただ黙って聞くだけです。

あなたが、どもって止まってしまっても、次の言葉が出てくるのを静かに待つでしょう。

それで、怒ってしまったり、笑ってしまう人は「相当に人間性が低い」というだけです。

 

どもりとか関係なく、聞き手はあなたが「何を伝えたいか」を知りたいのです。

だから、あなたは、あなたのペースで話していいのです。

ぎこちなくても恥じる必要はありません。

大事なことは、「相手に伝える」ことなのですから。

 

そして、あなたが無事に伝えた後は、相手はその意図に答えてくれるはずです。

(スピーチの場合は場が流れるだけですが。うなずいてくれる人はいるかもしれません)

 

それで、事は〝完結〟します。

あなたもそうであるように、

相手も「自分の人生」を生きていてるのですから、

終わったことをイチイチ考える暇はないのです。

非吃音者はどもりに無関心なのですから。

 

何が言いたいのかといいますと、あなたが「話すこと」は、聞き手にとってそれほど重要なことではないということです。

もちろん、あなたが「話す内容を軽んじる」という意味ではなく、

話し終われば完結し、後で思い返すほど重要事項ではないということです。

 

どもりが怖いのは「聞き手を強烈に〝意識〟して」の感情です。

しかし、その聞き手はあなたを全然意識していない。

このちぐはぐさ、理解できますでしょうか。

 

「目の前の相手(聞き手)」を理解することで、

少しづつ、あなたは、もっと「自分を生きてもいい」ということが悟れるようになるでしょう。

 

①と②は、本質的に繋がっています。

「どもり」という恐怖を〝ありのまま〟の自分と、相手として見つめること。

そうすることで、その恐怖は、雪解けの雪のようにじんわりと溶けていくでしょう。

 

 

(直後編)2

②今日一日だけは真剣に生きる

過去を振り返るから、自分という人間を固定化させ、克服できないどころか、どもりのトラウマを強化してしまい、

未来を考えるから、どもりの悩みがどこまでも膨らみ、未来を嘆き、疲れてしまう。

それは、あなたを含めた吃音者だけではありません。

誰だって、過去も未来も背負って生きていたら、その重みに押しつぶされてしまうでしょう。

 

人は、「今」しか生きることができません。

過去は、変えることが出来ないし、

未来は、「今」の延長線上にあるだけです。

 

あなたが、できる最善の道は「〝今〟を真剣に生きること」です。

「今日一日、今〝この瞬間〟だけ」を真剣に生きるのである。

今を真剣に生きることが出来れば、どもりが気になることはあっても、思い嘆くことは無くなるのである。

 

その「今だけは」を毎日続けるのです。

先のことなんて分からなくて当然なのですから。

 

これを実行に移すのは、容易ではないと最初に言っておきます。

今この本を書いている私も、忘れてしまう時が幾度とあります。

私がまだまだ未熟という所も大きいのですが、「今だけは」ずっと続けることは、それほど難しいのです。

 

何度でも忘れてもいいです。

人間ですから、忘れてしまうことなんて珍しくもありません。

また、そこまでして頑張る「意義」を見出せなくなることもあるかもしれません。

 

ですが、もし今回の話があなたの胸に響いた所が少しでもあるのでしたら、

必ず思い出せるはずです。思い出す努力をして下さい。

 

「今自分のできる精一杯」を生き続けて下さい。

 

他人と比べる必要はありません。

昨日のあなた、少し前のあなたより、一歩前に進む努力をして下さい。

それが、吃音が気にならなくなる大きな要因になるはずですから。